「アスペルガー症候群」と「自閉症スペクトラム(ASD)」、この二つの言葉を聞いたことはありますか? 近年、医学的な診断基準の変更により、「アスペルガー症候群」という診断名は使われなくなり、「自閉症スペクトラム(ASD)」という大きな枠の中に含まれるようになりました。 それでも、かつて「アスペルガー症候群」と呼ばれていた特性を持つ方々を指す言葉として、私たちがアスペルガーと自閉症の違いを理解することは、多様な人々との関わり方を考える上でとても大切です。 この記事では、アスペルガーと自閉症の違いについて、分かりやすく解説していきます。
かつての「アスペルガー症候群」と「自閉症」の主な違い
かつて、「アスペルガー症候群」と「自閉症」は、それぞれ異なる診断名として扱われていました。 その大きな違いの一つは、言葉の発達に遅れが見られるかどうかでした。 自閉症と診断される場合、一般的に言葉の遅れがみられることが多かったのに対し、アスペルガー症候群では、言葉の遅れはほとんどなく、むしろ高度な語彙力を持つ人もいました。 この言葉の発達の有無が、かつての診断における重要なポイントだったのです。
また、興味の範囲やコミュニケーションの取り方にも違いが見られました。 アスペルガー症候群の方は、特定の分野に強い興味を持ち、そのことについて深く掘り下げる傾向がありました。 一方、自閉症の方も特定の興味を持つことはありますが、より感覚的なものへのこだわりや、コミュニケーションにおける非言語的なサインの理解が難しい場合が多いとされていました。 以下に、かつての診断における主な違いをまとめました。
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言葉の発達:
- 自閉症: 言葉の遅れが見られることがある。
- アスペルガー症候群: 言葉の遅れはほとんどない。
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知的な発達:
- 自閉症: 知的な遅れを伴う場合と、そうでない場合がある。
- アスペルガー症候群: 知的な遅れはないとされる。
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興味の範囲:
- 自閉症: 特定のものに強いこだわりや興味を示す。
- アスペルガー症候群: 特定の分野に非常に深い興味を持つ。
このように、かつてはいくつかの点で違いが明確にされていましたが、現在ではこれらはすべて「自閉症スペクトラム」という一つの連続体(スペクトラム)の中で捉えられています。 スペクトラムとは、虹のように様々な色が混ざり合ってできているように、特性の現れ方や程度が人によって大きく異なることを意味します。
自閉症スペクトラム(ASD)という広い概念
現在、医学では「自閉症スペクトラム(ASD)」という言葉が使われています。 これは、かつてのアスペルガー症候群や自閉症など、自閉症に類する様々な特性を持つ人々を包括する概念です。 つまり、 アスペルガーと自閉症の違いを考えるのではなく、ASDという大きな枠組みの中で、一人ひとりの特性を理解することが大切になっています。
ASDの特性は、大きく分けて二つの側面から理解されます。
- 対人関係やコミュニケーションの困難さ:
- 相手の気持ちを察するのが苦手。
- 言葉の裏を読むのが難しい。
- 目を合わせるのが苦手。
- 集団行動で孤立しやすい。
二つ目の側面は、以下のようなものです。
- 限定された興味や、こだわり、定型化された行動:
- 特定のものに強いこだわりを持つ。
- 決まった手順や、同じ行動を繰り返したがる。
- 感覚過敏(音や光、触覚などに敏感、または鈍感)がある。
- 変化に対応するのが苦手。
これらの特性は、人によって現れ方が異なります。
| 特性の現れ方 | 例 |
|---|---|
| コミュニケーション | 言葉は流暢だが、話の脈絡が掴みにくい、一方的に話す |
| 興味・こだわり | 歴史上の出来事に異常に詳しい、特定のデザインにこだわる |
| 感覚 | 特定の音(掃除機の音など)が耐えられない、服のタグが気になる |
ASDは病気ではなく、その人の「個性」や「生まれ持った特性」として捉えられています。 だからこそ、それぞれの特性を理解し、その人に合ったサポートをしていくことが重要です。
コミュニケーションの特性と工夫
ASDのある方の中には、言葉の理解や表現、非言語的なコミュニケーション(表情やジェスチャーなど)に難しさを抱えることがあります。 例えば、比喩や皮肉を文字通りに受け取ってしまう、相手の表情から感情を読み取るのが難しい、といったことです。 これらのコミュニケーションの特性を理解することは、円滑な人間関係を築く上で非常に重要です。
コミュニケーションを円滑にするための工夫としては、以下のようなものが考えられます。
- 直接的で分かりやすい言葉を使う: 曖昧な表現や、遠回しな言い方を避ける。
- 視覚的な情報を活用する: 言葉だけでなく、図や絵、文字などを用いて説明する。
- 相手に確認する: 自分の言いたいことが伝わっているか、相手の理解度を確認する。
- 相手のペースに合わせる: 話すスピードや、会話のテンポを相手に合わせる。
これらの工夫は、ASDのある方だけでなく、すべての人のコミュニケーションをより明確にし、誤解を防ぐのに役立ちます。
興味・関心の特性と環境づくり
ASDのある方は、特定の分野に強い興味やこだわりを持つことがあります。 これは、その方の得意なことや、才能の源泉となることもあります。 例えば、電車や恐竜、歴史など、特定のテーマについて驚くほど詳しい知識を持っていることがあります。 この強い興味を活かせる環境を用意することは、その方の能力を伸ばす上で非常に有効です。
興味・関心の特性への対応としては、以下のようなことが挙げられます。
- 興味を肯定的に捉える: 興味のあることを否定せず、むしろ応援する。
- 学習や活動に取り入れる: 興味のある分野を、学習や実生活に結びつける。
- 共有する機会を作る: 興味のあることについて、他の人と話す機会を設ける。
例えば、電車に興味があるお子さんであれば、時刻表を読んだり、電車の模型を作ったりすることで、計算力や空間認識能力を養うことができます。
感覚過敏・鈍感とその影響
ASDのある方の中には、感覚過敏(音、光、触覚、味覚、嗅覚などに対して、非常に敏感であること)や感覚鈍感(逆に、これらの刺激に対して鈍感であること)を持つ方がいます。 これは、 日常生活に大きな影響を与える可能性があり、理解と配慮が必要です。
感覚過敏・鈍感への配慮としては、以下のようなものが考えられます。
- 刺激を調整する: 騒がしい場所を避ける、照明を調整する、静かな場所を用意するなど。
- 感覚を和らげるアイテムを使う: イヤマフ(耳栓)、サングラス、感触の良い衣服など。
- 事前の説明: 予期せぬ刺激がある場合は、事前に知らせておく。
例えば、特定の音楽が苦手な方には、その音楽が流れる場所を避ける、という配慮が有効です。
社会的なスキルの習得とサポート
ASDのある方にとって、社会的なルールや暗黙の了解を理解し、適応することは難しい場合があります。 そのため、 社会的なスキルを意図的に教え、サポートしていくことが大切です。
社会的なスキルの習得を助けるための方法には、以下のようなものがあります。
- ソーシャルスキルトレーニング(SST): 対人関係で必要なスキルを、ロールプレイングなどを通して学ぶ。
- 具体的な指示: 「〜しなさい」ではなく、「〜しましょう」のように、具体的な行動を指示する。
- 視覚的な教材: 絵カードやチェックリストなどを使って、手順やルールを分かりやすく示す。
これらのサポートは、ASDのある方が社会でより円滑に生活していくために役立ちます。
診断基準の変化と「スペクトラム」の考え方
先述したように、医学的な診断基準は時代とともに変化しています。 かつては「アスペルガー症候群」や「自閉症」と個別に診断されていましたが、現在ではこれらを包括する「自閉症スペクトラム(ASD)」という概念が主流です。 この「スペクトラム」という考え方こそが、ASDを理解する上で最も重要なポイントです。
スペクトラムの考え方とは、
- 特性の強弱: ASDの特性の現れ方や強さは、人によって大きく異なる。
- 多様性: 同じASDでも、一人ひとり持っている特性や得意・不得意は全く違う。
- 連続体: 発達の度合いや特性の現れ方が、連続したグラデーションのように存在する。
このスペクトラムの考え方により、より個々の特性に合わせた支援が可能になっています。 つまり、アスペルガーと自閉症の違いというよりは、ASDという大きな傘の中で、それぞれの「個性」を理解しようという流れになっているのです。
かつて「アスペルガー症候群」と呼ばれていた方々も、現在ではASDという枠組みの中で、その多様な特性が理解されています。 大切なのは、診断名にとらわれすぎず、その人自身の持っている特性を尊重し、理解することです。 アスペルガーと自閉症の違いを知ることは、ASDという概念を理解するための一歩であり、多様な人々が共に生きやすい社会を作るための第一歩と言えるでしょう。