「理学療法士」と「作業療法士」、どちらもリハビリテーションの専門家として、私たちの健康を支えてくれる大切な存在です。しかし、具体的にどのような違いがあるのか、意外と知らない方も多いのではないでしょうか。この記事では、「理学療法士と作業療法士の違い」について、分かりやすく、そして具体的に解説していきます。それぞれの専門性やアプローチの違いを理解することで、ご自身やご家族が必要とするサポートがより明確になるはずです。
身体機能の回復をサポートする理学療法士
理学療法士は、病気や怪我、加齢などによって低下した身体の基本的な動きや機能の回復を目指す専門家です。例えば、歩く、立つ、座るといった日常生活の基本的な動作や、手足を動かす、バランスをとるといった運動機能の改善に重点を置きます。彼らのアプローチは、患者さんの身体の状態を細かく評価し、筋力トレーニング、ストレッチ、マッサージ、物理療法(温熱、電気など)といった方法を用いて、身体そのものの機能を高めることにあります。 身体を動かすための「土台」をしっかり作り直すこと が、理学療法士の最も重要な役割と言えるでしょう。
理学療法士が扱う主な領域は以下の通りです。
- 運動機能の評価
- 関節可動域の改善
- 筋力増強
- 持久力向上
- バランス能力の改善
- 痛みの軽減
彼らは、以下のような場面で活躍します。
- 脳卒中後の歩行訓練
- 骨折後の関節の動きの回復
- 腰痛や肩こりの改善
- スポーツ外傷のリハビリテーション
- 高齢者の転倒予防
理学療法士の治療計画は、患者さんの身体の状態に合わせて個別化されます。例えば、次のような表で、患者さんの状態を把握し、目標を設定していきます。
| 評価項目 | 現在の状態 | 目標 |
|---|---|---|
| 歩行速度 | 毎分30メートル | 毎分60メートル |
| 筋力(左足) | 4段階評価 | 5段階評価 |
日常生活への復帰を支援する作業療法士
一方、作業療法士は、病気や怪我、障害によって日常生活や仕事、趣味などの「作業」が困難になった方々に対して、その人らしい生活を送れるように支援する専門家です。ここでいう「作業」とは、単に仕事のことだけを指すのではなく、食事をする、着替える、入浴するといった身の回りのこと、料理や洗濯、さらには趣味や社会活動への参加など、人が行うあらゆる活動を包括的に含みます。作業療法士は、患者さんが「できるようになりたい」と願う活動を分析し、その活動を達成するために必要な身体機能や精神機能、認知機能などを高めるための訓練や、環境調整、自助具の活用などを提案・実施します。 患者さんが主体的に、そして自分らしく生活できることを最大限にサポートすること が、作業療法士の核となる考え方です。
作業療法士が支援する「作業」には、以下のようなものがあります。
- 食事動作(箸を使う、コップを持つなど)
- 更衣動作(服を着る、脱ぐなど)
- 整容動作(歯を磨く、顔を洗うなど)
- 入浴動作
- 家事動作(料理、洗濯、掃除など)
- 仕事や学業
- 趣味やレクリエーション
作業療法士は、患者さんの生活全体を見据えたアプローチを行います。例えば、次のようなステップで支援を進めます。
- 患者さんの「やりたいこと」や「困っていること」の聞き取り
- それらを達成するための課題分析
- 必要な能力(手先の器用さ、記憶力、注意など)の評価
- 具体的な訓練プログラムの作成
- 必要に応じた環境調整や福祉用具の提案
作業療法士の訓練は、非常に実践的で、患者さんの生活に直結した内容になります。例えば、以下のような例が挙げられます。
| 患者さんの課題 | 作業療法士のアプローチ | 目指す状態 |
|---|---|---|
| 右手で字が書けない | 握りやすいペン(自助具)の使用練習、書字練習 | 自分で名前を書けるようになる |
| 料理をするのが億劫 | 簡単レシピの考案、調理器具の工夫、調理手順の再構築 | 自分で簡単な料理を作れるようになる |
アプローチの違い:身体機能 vs 目的達成
理学療法士と作業療法士の最も大きな違いは、アプローチの焦点にあります。理学療法士は、主に身体の「動き」や「機能」そのものの改善に焦点を当てます。例えば、関節の痛みを軽減するために筋肉をほぐしたり、衰えた筋力を回復させるためのトレーニングを行ったりします。一方、作業療法士は、その改善された、あるいは既存の身体機能を活用して、患者さんが「したい」と思う「活動」を、よりスムーズに、そして安全に行えるように支援することに焦点を当てます。これは、単に身体を動かすというだけでなく、その活動を通して社会とのつながりを持ったり、生活の質を高めたりすることを目指しています。
それぞれの専門性がどのように活かされるか、具体的な例を見てみましょう。
- 脳卒中後の患者さん
- 理学療法士:麻痺した手足の動きを改善するための訓練、歩行訓練
- 作業療法士:日常生活動作(食事、着替え、入浴など)の練習、家事動作の再獲得、趣味活動への復帰支援
- 高齢者の転倒予防
- 理学療法士:バランス能力の向上、筋力強化
- 作業療法士:安全な住宅環境の整備(手すりの設置場所、段差の解消)、日常生活での注意点のアドバイス
このように、両者は連携しながら、患者さんの回復と生活の質の向上を目指します。理学療法士が身体の「器」を整え、作業療法士がその「器」でできる「活動」を広げていく、というイメージです。
対象とする疾患・症状
理学療法士と作業療法士は、非常に幅広い疾患や症状に対応していますが、そのアプローチの視点が異なります。
理学療法士が主に担当する疾患・症状の例:
- 神経系の疾患:脳卒中、パーキンソン病、脊髄損傷など
- 運動器系の疾患:骨折、脱臼、捻挫、腰痛、肩こり、変形性関節症、リウマチなど
- 呼吸器系・循環器系の疾患:肺炎、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、心筋梗塞後など
- 高齢による身体機能の低下
作業療法士が主に担当する疾患・症状の例:
- 日常生活動作(ADL)の困難:食事、更衣、整容、入浴、排泄などの自立度低下
- 認知機能の低下:記憶障害、注意障害、遂行機能障害など
- 高次脳機能障害:失語症、半側空間無視など
- 精神科領域:うつ病、統合失調症などにおける社会参加の困難
- 発達障害:小児の発達支援、学習支援、社会性の向上
- 作業療法士が支援する活動の例
- 就労支援:職場復帰に向けた訓練、職場環境の調整
- 地域生活支援:買い物、公共交通機関の利用、地域活動への参加
両職種とも、これらの疾患・症状に対して、患者さんの状態を評価し、個別に応じたリハビリテーション計画を立てて実施します。
具体的なアプローチ方法
理学療法士と作業療法士では、用いるアプローチ方法にも違いが見られます。
理学療法士のアプローチ例:
- 運動療法:筋力トレーニング、ストレッチ、関節可動域訓練、バランストレーニング、歩行練習
- 物理療法:温熱療法(ホットパック、温水シャワー)、寒冷療法(アイシング)、電気療法(低周波、干渉波)、牽引療法
- 徒手療法:マッサージ、関節モビライゼーション
- 装具療法:歩行補助具(杖、歩行器)の選定・使用指導
作業療法士のアプローチ例:
- 日常生活動作(ADL)訓練:食事、更衣、整容、入浴などの練習、介助方法の指導
- 応用動作能力(IADL)訓練:調理、洗濯、掃除、金銭管理、公共交通機関の利用などの練習
- 高次脳機能訓練:記憶、注意、遂行機能などを高めるための訓練
- 精神活動・心理的アプローチ:SST(ソーシャルスキルトレーニング)、認知行動療法、創作活動
- 環境調整:住環境の整備、福祉用具の選定・使用指導(住宅改修の提案、自助具の作成・選定)
- 作業活動を通したリハビリテーション:趣味や仕事に関連する活動を取り入れた訓練
これらのアプローチは、患者さんの状態や目標に応じて、単独で行われることも、組み合わせて行われることもあります。例えば、理学療法士が歩行能力を改善させた後、作業療法士がその改善された歩行能力を活用して、安全に外出する練習を行う、といった連携が考えられます。
活躍する場所
理学療法士と作業療法士は、様々な場所で活躍しています。
理学療法士が活躍する主な場所:
- 病院:急性期病棟、回復期リハビリテーション病棟、地域連携室
- クリニック・診療所
- 介護老人保健施設(老健)
- 特別養護老人ホーム(特養)
- 訪問看護ステーション
- スポーツ関連施設(プロスポーツチーム、ジムなど)
- 企業の健康管理部門
作業療法士が活躍する主な場所:
- 病院:精神科、小児科、神経内科、整形外科など
- クリニック・診療所
- 児童発達支援センター、放課後等デイサービス
- 特別支援学校
- 介護老人保健施設(老健)
- 特別養護老人ホーム(特養)
- 訪問看護ステーション
- 就労支援センター
- 地域包括支援センター
このように、両職種とも、医療機関から福祉施設、さらには地域社会まで、幅広いフィールドで人々の健康と生活を支えています。
まとめ
理学療法士と作業療法士は、どちらもリハビリテーションの分野で重要な役割を担っていますが、そのアプローチや得意とする分野には違いがあります。理学療法士は身体の基本的な動きや機能の回復に、作業療法士はそれらの機能を活かした日常生活や社会活動への復帰を支援することに重点を置いています。しかし、どちらか一方だけではなく、両者が連携することで、より包括的で効果的なリハビリテーションが可能になります。ご自身の状態や目指したい生活に合わせて、どちらの専門家がより適しているか、あるいは両方の専門家のサポートが必要か、理解しておくことは、より質の高い医療・福祉サービスを受けるために非常に役立つでしょう。