近年、再生医療の分野で大きな注目を集めるIPS細胞とSTAP細胞。これらはどちらも、一度は体の特定の役割を担うようになった細胞を、再び様々な細胞に変化できる「万能細胞」へと若返らせる技術ですが、その生み出し方や性質にはいくつかの重要な違いがあります。本記事では、この「IPS細胞とSTAP細胞の違い」を、科学が苦手な方にも分かりやすいように、丁寧に解説していきます。
細胞を「リセット」する、二つのアプローチ
IPS細胞とSTAP細胞の最も大きな違いは、細胞を万能細胞へと導く「方法」にあります。IPS細胞は、細胞に特定の「遺伝子」を導入することで、細胞を初期化します。まるで、パソコンのOSを初期状態に戻すようなイメージです。これにより、元々持っていた細胞の記憶を消し去り、あらゆる細胞に変化できる能力を獲得させます。 この「初期化」のプロセスこそが、再生医療における細胞の可能性を広げる鍵となります。
一方、STAP細胞は、物理的・化学的な刺激を与えることで、細胞を万能化させるとされました。こちらは、細胞に「ショック療法」を与えるようなイメージで、本来持っていた能力を引き出すという考え方でした。具体的には、以下のような違いがあります。
- IPS細胞: 遺伝子導入による初期化
- STAP細胞: 物理的・化学的刺激による万能化(※現在は撤回されています)
この方法の違いは、細胞の性質や、それを安全に、そして効率的に作り出せるかどうかに大きく影響します。どちらの方法も、究極的には「失われた機能を回復させる」という目的は共通していますが、そのアプローチが根本的に異なるのです。
生みの親と、その誕生の背景
IPS細胞を発見し、その開発を主導したのは、京都大学の山中伸弥教授です。2006年にマウスでのIPS細胞の作製に成功し、その後ヒトでの作製にも成功しました。この功績は、ノーベル生理学・医学賞にも輝き、再生医療の歴史に名を刻む偉業となりました。山中教授の研究は、長年の地道な研究と、細胞のメカニズムに対する深い洞察によって成し遂げられたものです。
一方、STAP細胞は、理化学研究所の小保方晴子元研究員らが2014年に発表しました。この発見は、IPS細胞よりも簡便な方法で万能細胞が作れる可能性を示唆し、世界中から大きな注目を集めました。しかし、その後の研究で、STAP細胞の存在そのものに疑問が呈され、最終的には論文が撤回されるという事態に至りました。
このように、両者の誕生の背景には、開発者の功績や、研究が世に問われた経緯に大きな違いがあります。
万能細胞としての「能力」の違い
IPS細胞は、理論上、体のあらゆる細胞(神経細胞、心筋細胞、肝臓細胞など)に分化する能力を持っています。これは、細胞の「運命」を決定する遺伝子を操作することで、細胞が本来持っている「設計図」を書き換えることに成功しているためです。そのため、様々な疾患の治療法開発や、創薬研究に広く活用されています。
STAP細胞についても、万能細胞としての能力が期待されていましたが、その能力の再現性や、実際に様々な細胞に分化させることができたかについては、多くの議論が残されました。もしSTAP細胞が実在したとしても、その分化能力の範囲や、制御のしやすさなどは、IPS細胞とは異なる可能性がありました。
以下に、それぞれの細胞の「能力」に関する期待をまとめます。
| 細胞の種類 | 期待される能力 | 現状 |
|---|---|---|
| IPS細胞 | あらゆる細胞への分化(高い万能性) | 確立された技術、実用化が進んでいる |
| STAP細胞 | 体細胞の若返り、多様な細胞への分化(当初期待) | 論文撤回、再現性・存在に疑問符 |
作製方法の「手軽さ」と「安全性」
IPS細胞を作るためには、特定の4種類の遺伝子を、特殊な技術を用いて細胞に導入する必要があります。このプロセスは、高度な設備と専門知識を必要とし、一般的に時間もかかります。しかし、その分、作製されたIPS細胞は、その「万能性」が確認されており、安全性の確保に向けた研究も進められています。
一方、STAP細胞の作製方法は、IPS細胞に比べて「刺激」を与えるだけという、比較的簡便な方法であると発表されました。この「手軽さ」が、初期には大きな期待を集めた理由の一つです。しかし、その簡便さゆえに、作製過程での不純物の混入や、細胞の均一性の問題など、安全性の面での懸念も指摘されました。 細胞を安全に、そして確実に作り出せるかどうかが、再生医療の実用化には不可欠です。
「研究の進展」と「将来性」の比較
IPS細胞の研究は、山中教授の発見以来、世界中で精力的に行われており、その技術は年々進歩しています。すでに、加齢黄斑変性やパーキンソン病などの治療を目指した臨床研究も始まっており、実用化に向けた道筋が着々と見えています。将来性という点では、IPS細胞は非常に明るいと言えるでしょう。
STAP細胞については、その発見が撤回されたことにより、現在のところ、研究は停滞しています。もし将来的に、STAP細胞の原理が再検証され、その存在や能力が証明されたとしても、IPS細胞が築き上げてきた研究基盤や臨床応用への実績とは、現時点では大きな隔たりがあります。
IPS細胞とSTAP細胞の「研究の進展」と「将来性」を比較すると、以下のようになります。
- IPS細胞: 活発な研究、臨床応用への進展、高い将来性
- STAP細胞: 研究の停滞、将来性は不透明
「倫理的な側面」の考察
IPS細胞は、受精卵を使わずに万能細胞を作れるため、ES細胞(胚性幹細胞)が抱えていた倫理的な問題をクリアする技術として登場しました。しかし、万能細胞を扱う以上、その使用方法や、作製された細胞の管理など、常に倫理的な配慮が求められます。例えば、作製された細胞が意図しない形で増殖してしまうリスクなどです。
STAP細胞についても、もし実在したとすれば、その作製方法や使用方法において、同様の倫理的な議論が必要になるでしょう。特に、生きた細胞にどのような刺激を与えるか、その影響はどこまで及ぶのか、といった点は慎重な検討が求められます。 科学技術の進歩は、常に倫理的な側面と向き合いながら進んでいく必要があります。
まとめ:IPS細胞とSTAP細胞の違い
IPS細胞とSTAP細胞は、どちらも細胞を万能化させるという点で共通していますが、その作製方法、能力、研究の進展度、そして将来性において、明確な違いがあります。IPS細胞は、科学的な基盤が確立され、再生医療の未来を切り拓く希望となっています。一方、STAP細胞は、その登場と撤回の経緯から、科学界に大きな教訓を残しました。
「IPS細胞とSTAP細胞の違い」を理解することは、最新の科学技術の動向を把握し、再生医療の発展に期待を寄せる上で、非常に重要です。これからも、科学の進歩に注目していきましょう。