「構音障害」と「失語症」、どちらも言葉に関わる障害ですが、その原因や症状にははっきりとした違いがあります。この二つの違いを正しく理解することは、ご本人や周りの方々が適切なサポートを受けるために非常に重要です。本記事では、構音障害と失語症の違いについて、わかりやすく解説していきます。
「音」を作るのか、「言葉」を理解・表現するのか:構音障害と失語症の根本的な違い
構音障害と失語症の最も大きな違いは、障害される機能にあります。構音障害は、声帯や舌、唇などの発声器官の動きが悪くなることで、言葉を「正しく音として」発することが難しくなる状態です。一方、失語症は、脳の言語中枢にダメージを受けることで、言葉を「理解したり、考えたり、話したりする」といった、より高次の言語機能に障害が生じる状態です。 この「音を作る能力」と「言語そのものを扱う能力」の違いを理解することが、構音障害と失語症の違いを把握する上で鍵となります。
例えば、構音障害の場合、本人が言いたいことは頭の中で明確にわかっています。しかし、舌がうまく動かせなかったり、口の形が作れなかったりするために、言葉が不明瞭になったり、特定の音が出せなかったりします。「さ」が「た」に聞こえたり、言葉がどもったりするのは、構音障害の典型的な症状です。これは、話すための「物理的な発音」に問題があると考えられます。
対照的に、失語症の場合は、言葉の「意味」を理解することや、自分の思いを言葉にして伝えることに困難が生じます。本人は話したいと思っていても、適切な言葉が出てこなかったり、相手の言っていることが理解できなかったりします。これは、脳の「言語を処理する機能」そのものに影響が出ているためです。具体的には、以下のような違いが見られます。
- 構音障害 :
- 発声器官の運動機能の障害
- 音の出し方(発音)の誤り
- 言葉の明瞭さの低下
- 失語症 :
- 脳の言語中枢の損傷
- 言葉の理解、想起、表現の障害
- 文法的な誤りや、意味の通らない言葉を発すること
構音障害とは:言葉を「発する」ことの難しさ
構音障害は、先ほども触れたように、発声に関わる体の部分、つまり口や舌、喉、鼻などの動きがうまくいかないために起こります。これは、生まれつきの要因、怪我、病気、あるいは脳卒中など、様々な原因で起こり得ます。発声器官の麻痺や、発達の遅れ、あるいは発音の練習不足などが原因となることもあります。
構音障害の症状は、以下のように分類できます。
- 音声障害 :声の出し方そのものに問題がある。声がかすれる、声量が出せないなど。
- 構音障害 :特定の音(子音や母音)を正しく発音できない。
- 吃音(きつおん) :言葉がどもったり、繰り返したり、途切れたりする。
構音障害の場合、本人は伝えたい内容を理解していますが、それを「音」として正確に表現する能力が制限されています。例えるなら、高性能なコンピューターは持っているけれど、キーボードの特定のキーが壊れていて、思うように文字が打てないような状態です。
失語症とは:言葉を「理解し、操る」ことの難しさ
失語症は、脳の言語を司る部分が損傷を受けることで起こります。脳卒中(脳梗塞や脳出血)、脳腫瘍、頭部外傷などが主な原因です。失語症になると、言葉の「意味」を理解すること、頭の中で考えていることを「言葉」にする、そして「文章」を組み立てて話す、といった一連の言語活動に支障が出ます。
失語症は、その症状によっていくつかのタイプに分けられます。
| タイプ | 主な症状 |
|---|---|
| ブローカ失語 | 言葉を話すこと(発話)が困難。単語や短いフレーズは出せるが、流暢に話せない。相手の言葉の理解は比較的保たれる。 |
| ウェルニッケ失語 | 相手の言葉の理解が困難。流暢に話すが、意味不明な言葉(造語)を多用したり、文脈に合わない発言をすることがある。 |
| 全失語 | 言葉の理解も発話も、どちらも重度に障害される。 |
失語症の場合、言葉の「意味」や「使い方」そのものに問題が生じているため、たとえ発音器官に問題がなくても、コミュニケーションが困難になります。これは、コンピューターで言えば、ソフトウェアやオペレーティングシステムに問題があり、プログラムがうまく動かなかったり、情報が正しく処理できなかったりする状態に似ています。
症状の比較:何がどう違う?
構音障害と失語症の症状を比較すると、その違いがより明確になります。構音障害では、言葉が不明瞭になる、特定の音が出しにくい、といった「発音」に関する問題が中心です。例えば、「りんご」を「りんご」と正しく言えないのではなく、「んご」の部分が不明瞭になる、といった具合です。
一方、失語症では、言葉の「意味」や「文法」に関わる問題が主となります。相手の「ありがとう」という言葉を「こんにちは」と理解してしまったり、自分の言いたいことが「さあ、あれ、あの、あれですよ」といったように、具体的な言葉が出てこず、周辺の言葉でしか表現できなかったりします。
具体的に、言葉の「音」と「意味」のどちらに問題があるかを見てみましょう。
- 構音障害 :
- 「さ」を「た」と言う(音の誤り)
- 言葉がぼそぼそして聞き取りにくい(明瞭度の低下)
- 「ありがとう」は「ありがとう」として理解できている
- 失語症 :
- 「ありがとう」を「ごめんね」と理解してしまう(意味の誤解)
- 「ありがとう」を言いたいのに、「えっと、あの、あれ」しか出てこない(言葉の想起困難)
- 「今日、天気、いい、外、行く」のように、単語は出るが文法がおかしい(文の構成困難)
原因の視点:脳か、それとも体の動きか
構音障害と失語症の原因は、根本的に異なります。構音障害は、主に発声に関わる「体の運動機能」の障害です。例えば、以下のような原因が考えられます。
- 神経系の障害 :顔面神経麻痺、脳性麻痺など、発声器官を動かす神経に問題がある場合。
- 構造的な問題 :口蓋裂(こうがいれつ)など、生まれつき口の形に異常がある場合。
- 聴覚の問題 :自分の声がうまく聞こえないために、発音が不正確になる場合。
- 発達の問題 :言葉の発達が遅れている場合。
対して、失語症は「脳の言語中枢」の損傷が原因です。具体的には、脳の左半球(多くの人は左利きでも右利きでも左側)にある、言語を理解したり話したりするための領域がダメージを受けることで起こります。この領域は、
- ブローカ野 :言葉を「話す」ための運動を計画・実行する
- ウェルニッケ野 :言葉を「聞く」こと、言葉の「意味」を理解すること
といった役割を担っています。これらの領域が、脳卒中などで損傷を受けると、失語症の発症につながります。
診断と評価:どうやって見分ける?
構音障害と失語症の診断は、専門家(医師、言語聴覚士など)によって慎重に行われます。まず、問診でいつから、どのような症状があるのかを詳しく聞き取ります。その後、以下のような評価が行われます。
- 構音障害の評価 :
- 「あいうえお」のような母音や、「かさたは」のような子音を、単音、単語、文で発音してもらい、どの音が、どのように間違っているかを詳しく調べます。
- 舌や唇などの動き、口の形、呼吸の仕方なども観察します。
- 失語症の評価 :
- 単語や文章を聞いて、それが何を意味するかを答えてもらう(聴覚的理解)。
- 写真を見て、その物の名前を言ってもらう(呼称)。
- 文章を読んで、内容を理解しているか確認する(読解)。
- 指示された通りに絵を描いたり、文字を書いたりする(書字)。
- これらの検査を通して、理解、想起、表現のどの言語機能に、どのような障害があるかを細かく分析します。
これらの評価結果を総合的に判断することで、構音障害なのか、失語症なのか、あるいは両方の要素があるのかが診断されます。
リハビリテーション:それぞれの道
構音障害と失語症では、リハビリテーション(機能回復訓練)の方法も異なります。それぞれの障害特性に合わせたアプローチが重要です。
構音障害のリハビリテーション
構音障害のリハビリテーションでは、発声器官の運動機能の改善を目指します。具体的には、以下のような訓練が含まれます。
- 発声・呼吸訓練 :
- 声帯の振動を促す練習。
- 腹式呼吸などで、安定した声量を出すための練習。
- 構音器官の運動訓練 :
- 舌、唇、顎などの動きを滑らかにするための訓練。
- 特定の音を正しく発音するための、口の形や舌の位置の練習。
- 聴覚訓練 :
- 自分の発音を客観的に聞く練習。
- 正しい発音と自分の発音の違いを聞き分ける練習。
- 明瞭度を高める訓練 :
- 単語や文章を、より聞き取りやすく発音する練習。
失語症のリハビリテーション
失語症のリハビリテーションでは、失われた言語機能を可能な限り回復させ、残された能力を最大限に活用することを目指します。以下のような訓練が行われます。
- 言語理解訓練 :
- 単語や指示を聞き、それに合った絵を選んだり、行動したりする練習。
- 文章の意味を理解し、質問に答える練習。
- 言語表出訓練 :
- 写真や絵を見て、単語や文章を言う練習。
- 相手の言葉に返答する練習。
- 書字訓練(文字を書く練習)も含まれることがあります。
- コミュニケーション戦略の訓練 :
- ジェスチャーや筆談、絵カードなど、言葉以外の方法で意思疎通を図る方法を学ぶ。
- 筆談で自分の意思を伝える練習。
- 代償手段の活用 :
- スマートフォンの音声入力や、コミュニケーション支援アプリなど、テクノロジーを活用する方法を学ぶ。
これらの訓練は、患者さんの状態や目標に合わせて個別に行われます。
「構音障害」と「失語症」、どちらも言葉に関わる障害であり、コミュニケーションに大きな影響を与えますが、その原因と現れる症状、そしてアプローチすべき点は大きく異なります。これらの違いを正しく理解することは、適切な支援につなげるための第一歩となります。