ESBLとMRSAの違い、知っておくべき感染症の基本

ESBL(基質拡張型β-ラクタマーゼ産生菌)とMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)は、どちらも私たちが日常的に耳にする機会が増えている「薬剤耐性菌」ですが、その性質や感染する菌の種類、そして治療法において重要な違いがあります。この違いを理解することは、感染症への正しい知識を持つ上でとても大切です。

ESBLとMRSA、その正体とは?

ESBLとMRSAの違いを理解するために、まずはそれぞれの「正体」から見ていきましょう。ESBLとは、特定の種類の細菌が持つ「ESBL」という酵素によって、ペニシリン系などの抗生物質が効かなくなってしまう現象を指します。つまり、ESBLという「薬を分解するハサミ」を持っている細菌のことです。一方、MRSAは「黄色ブドウ球菌」という細菌の一種で、こちらも抗生物質(メチシリンなど)が効きにくくなったものを指します。 この、効かなくなる「原因」と「対象となる菌の種類」が、ESBLとMRSAの根本的な違いなのです。

ESBL産生菌の代表例としては、大腸菌や肺炎桿菌などが挙げられます。これらの菌は、もともと私たちの体にも存在する身近な細菌ですが、ESBLという酵素を作り出すことで、抗生物質への耐性を獲得します。この耐性メカニズムは、菌が持つ遺伝子によって伝わることもあります。

  • ESBL産生菌の主な特徴
    • ESBLという酵素を作り出す
    • ペニシリン系、セフェム系などの抗生物質に耐性を持つ
    • 大腸菌、肺炎桿菌などが代表的

対するMRSAは、感染症の原因としてよく知られる「黄色ブドウ球菌」が、特定の抗生物質に耐性を持ったものです。MRSAは、皮膚の傷や鼻の粘膜などに存在することがあり、健康な人では問題を起こさないこともありますが、免疫力が低下している人や、医療機関で入院している人などでは、重篤な感染症を引き起こすことがあります。

ESBLとMRSAの感染経路と予防

ESBLとMRSAの感染経路にも違いが見られます。ESBL産生菌は、主に糞便を介して感染することが多く、トイレや調理器具などを介した接触感染が考えられます。一方、MRSAは、感染した人との直接的な接触や、汚染された医療器具などを介して感染することが一般的です。

予防策としては、どちらの菌に対しても共通して「手洗い」が最も重要です。石鹸を使って、流水で丁寧に手を洗うことで、菌の拡散を防ぐことができます。また、医療機関では、ESBL産生菌やMRSAの感染拡大を防ぐために、特別な対策が取られています。

  1. ESBL産生菌の感染経路
    • 糞便を介した接触感染
    • 調理器具、トイレなどを介した間接的な接触
  2. MRSAの感染経路
    • 感染者との直接的な接触
    • 医療器具(カテーテル、人工呼吸器など)を介した感染
    • 汚染された環境(ベッド柵、ドアノブなど)を介した感染

ESBLとMRSAの治療法

ESBLとMRSAの治療法における大きな違いは、使用できる抗生物質の種類です。ESBL産生菌に対しては、ESBLを無力化できない多くの抗生物質が効かないため、使用できる抗生物質が限られてしまいます。そのため、治療が難しくなることがあります。

一方、MRSAに対しては、メチシリンなどの一部の抗生物質は効きませんが、バンコマイシンなどの別の種類の抗生物質が有効な場合があります。しかし、MRSAも耐性を持つ菌が増えているため、常に最新の治療法が研究されています。

ESBL産生菌 MRSA
主な治療薬 カルバペネム系など、ESBLの影響を受けにくい抗生物質 バンコマイシン、テイコプラニンなど

ESBLとMRSAの症状

ESBL産生菌やMRSAに感染した場合の症状は、感染した部位や菌の種類、そして感染した人の体の状態によって様々です。一般的には、発熱、咳、痰、下痢、皮膚の赤みや腫れなど、一般的な感染症と似た症状を示すことが多いです。

しかし、ESBL産生菌による尿路感染症や肺炎、MRSAによる肺炎、敗血症、皮膚感染症などは、重症化すると命に関わることもあります。特に、高齢者や乳幼児、免疫機能が低下している人は、重症化しやすい傾向があります。

  1. ESBL産生菌による主な感染症と症状
    • 尿路感染症:排尿時の痛み、頻尿、発熱
    • 肺炎:咳、痰、息切れ、発熱
    • 腹膜炎:腹痛、発熱

ESBLとMRSAの検査方法

ESBL産生菌やMRSAに感染しているかどうかを調べるためには、専門的な検査が必要です。感染が疑われる部位(血液、尿、痰、傷口の膿など)から検体採取を行い、それを培養して菌を増やし、どの抗生物質が効くかを調べる「薬剤感受性試験」を行います。

ESBL産生菌の場合は、ESBLを産生しているかどうかを調べるための特殊な検査も行われます。MRSAの場合は、メチシリンに対する耐性を調べることで診断されます。これらの検査結果に基づいて、適切な治療法が選択されます。

  • 検査の流れ
    1. 検体採取
    2. 菌の培養
    3. 薬剤感受性試験
    4. ESBL産生能の確認(ESBL産生菌の場合)
    5. 結果に基づく診断と治療法の選択

ESBLとMRSAの耐性メカニズム

ESBLとMRSAが抗生物質に耐性を持つメカニズムにも違いがあります。ESBL産生菌は、その名の通り「ESBL」という酵素を産生することで、抗生物質の構造を壊し、無効化します。この酵素は、特定の種類の抗生物質に対して特異的に作用します。

一方、MRSAの耐性メカニズムは、細胞壁の合成に関わるタンパク質(PBP2a)が変化していることにあります。この変化したタンパク質は、メチシリンなどのβ-ラクタム系抗生物質と結合しにくいため、菌は生き延びることができます。 この、耐性獲得の「仕組み」の違いが、治療法にも影響を与えます。

これらの耐性メカニズムは、菌が進化する過程で獲得されるものであり、一度獲得されると、その菌は世代を超えて耐性を引き継ぐことができます。

ESBL産生菌の耐性メカニズム:

  • ESBL酵素による抗生物質の分解

MRSAの耐性メカニズム:

  • PBP2aというタンパク質の変化による抗生物質への結合阻害

ESBLとMRSAの将来と対策

ESBL産生菌やMRSAのような薬剤耐性菌の出現は、世界的な公衆衛生上の大きな課題となっています。抗生物質が効かない感染症が増えると、治療が困難になり、死亡率も上昇する可能性があります。

これらの菌の拡大を防ぐためには、医療機関での厳格な感染対策はもちろんのこと、私たち一人ひとりが、抗生物質の適正使用(医師の指示なく服用しない、処方された期間をしっかり守るなど)を心がけることが重要です。また、新しい抗生物質の開発や、感染予防策の研究も進められています。

ESBLとMRSAの違いを理解し、正しい知識を持つことは、これらの感染症から自分自身と周りの人々を守るための第一歩となります。

まとめとして、ESBLとMRSAは、それぞれ異なる種類の細菌が、異なるメカニズムで抗生物質に耐性を持ったものです。どちらも感染すると治療が難しくなるため、予防と早期発見・早期治療が重要となります。

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